終戦記念日  -263-

「敗戦記念日」と呼んだほうがいい、と言う人がいます、事実そうなのでしょうが、自らそこまで言うことはないと思います。
でもこの日は、それぞれの立場で、何でもいいから、戦争のことを「考えるべき日」だと思います。

私は、ギリギリ「戦後っ子」ですから、戦争は知りません。親父も軍事教練なんかの写真が残っていますが、出征することはなかったようです。母は、田舎だったので、「食べ物がないというようなことはなかった」と言っていました。
その点では、幸せでした。

私自身の戦争にまつわる記憶は、ホンのいくつしかありません。戦後まもなくの生まれといっても小さかったですからね・・。

・家の中の光が夜間、外に漏れないための、ガラス戸におろす黒い巻紙が自宅にあったのを覚えています。学校の、ある教室にも、随分後まで残っていました。
・同様の目的の、電灯を覆う紙(布?)も、みた記憶があります。
・私の田舎は山間地なのですが、その狭い空を、何回か、高空を大きな飛行機が横切り、B29だと教えられました。
・少し大きくなった頃、アメリカ軍人のジープが、自宅の前の空き地に停まったことが、一回だけですがありました。田舎の子供ですから「ギブミーチョコレート」の言葉など知らず、こわごわ近づいたら、チューインガムをくれました。

・・そんなことくらいです。

あの戦争は、どう考えても、日本にとって、開戦から終戦まで、全てが無茶苦茶な戦争でした。国の指導者たるもの、状況を把握して的確な判断をスピーディーにすべきだったでしょう。

この日は、大分以前から、毎年、一人で怒っています。

写真は、長崎港はるか沖合いでの、海上自衛隊のフェスティバルのスナップです。
近隣市民を招いてのイベントですが、こういう平和な時代が続くことを祈るばかりです。
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この記事へのコメント

のんびり猫
2007年08月17日 20:05
テレビで、未だに遺骨をこつこつと発掘している人がいました。国のために死んだのに・・・・・
戦わずして餓死で・・・・
せめて骨ぐらい、社保庁で、無駄遣いしているお金があるのなら、全部回収して欲しい・・・・
どんなに無念な思いであることか・・・・・(怒)
人生ゆっくり
2007年08月17日 21:08
確かに、無駄な金をいっぱい使っています・・、それを転用して。
高校生くらいの連中を、遺骨収集のため、順番に派遣したら、いい経験になるでしょうね。
このアイディア・・いい・・。
でも、また胡散臭いことを考える人が、でてくるのでしょうね・・きっと。無理か・・。
2007年08月17日 22:02
すみません・・・戦争を知らない世代です。
大学1年生の日本史の先生が、
4月の初めての授業で「8月15日は敗戦記念日なのだ」ということを言われ、なるほどそうか、とちょっとショックを受けたのを覚えています。
昨日深夜に映画『父と暮らせば』をやっていましたね。二度目見ました。生き残った自分を責めて責めて生きる主人公に、胸が痛くなりました。責められるべきは、甘い状況判断で戦争を始めて、ずるずると続けた当時の日本の指導者なのに・・・。
人生ゆっくりさんの記事のおかげで、ほんの少し戦争について考えることができました。ありがとうございました。
人生ゆっくり
2007年08月18日 05:07
日本が勝利したのは、ホンの初めの頃だけですからね・・。その後、ズルズルと戦争を続け、沢山の人が死んでいったわけで・・。
戦後、自らの手で、どうしてそんなことになったのか総括していないことが、不幸です。
飛躍しますが、社保庁も誰も責任をとりません、過去のことは闇に葬りたがる・・、日本人の弱いところです。
「個人」のレベルでは、その映画の主人公のように、そうでもないのですけどね・・。

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