児童会長選挙  -512-

私は、自然いっぱいの中国山地で育ちました。

小・中学校とも、各学年1~2クラスでした。小さい世界でしたけど・・思い出は、いろいろとあります。
小学校2年になったばかりの頃でした。学級委員ということになり、早速、各学年の学級委員に召集がかかりました。
先ず、この年の児童会長選挙を行うということで、投票用紙の白い紙が配られました。

「選挙」なんか知りません・・、「なんだいや、そりゃー」という感じで、途方にくれました・・。
隣の上級生に、こっそり聞くと、「上級生の名前を書けば・・いい」、とのこと・・。そう言われても・・、上級生のフルネームなど全く知りません・・。
やっとのことで、思い出したのは、2軒となりの、魚屋の兄ちゃんの名前・・、よしこれを書こう・・全て平がなで書いて・・ホッと安心・・。

そして開票・・・・、先生の「なんだ・・、これは・・」の言葉・・、やはり・・と思いつつも、大いに、傷つきましたね。
魚屋の兄ちゃん・・会長候補としては、やや「力」足らずだったようです。

この時のことは、妙に鮮明に覚えています、子供なりに恥ずかしい、と思ったのでしょうね・・。
先生たるもの、しっかりして欲しかったです、「選挙」を知らないものに選挙などさせては・・、絶対に、いけません。

引き続き、新会長のもとで、「児童会」が開催されました。
いくつか議題らしきものがありましたが、注意事項で「土手で遊ばないように」というのがありました。くだんの先生が、私をチラッとみて「○○、これ、どこのことか分るか・・?」と聞かれました。

私は「土手」というのは、「土手のスカンポ・・ジャワサラサ・・」しか知りません。何故に、こんなことをいまさら・・と思いつつ・・、「川に落ちたら危ないから・・」と答えました。
ところが、この「土手」というのは、2面あったグラウンドの境の法面のことだったらしいです・・、そこが、そう呼ばれていることなど・・知るわけがないじゃないの・・です。

50年以上前のことですが、本当にアリアリと、よく覚えています。いまだもって思い出しますと、恥ずかしくもあり、ポポッと暖かくもなり・・です。
この思い出は・・一生・・でしょうね。

写真は、上級生の時の運動会のスナップですが、後方に校舎が写っています。左端の教室が、一年生の時の教室でした、二年生の時の教室は、隣だったような気もしますが・・よく覚えていません。
画像

(ps)朝ドラで「だんだん」が始まりました。「ありがとう」という方言です。
島根県の松江が舞台で、私の郷里とは比較的近くですから、方言は、共通するものが多いです。
一方の舞台は京都です、いいですね、古都の対決・・、しょっぱなは「史上最低の視聴率」だったそうですが、どうも、この「視聴率」はオカシイ・・。
皆さん、みてくださいね。

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この記事へのコメント

2008年10月06日 07:52
「だんだん」は私も米子に2年ほど疎開していたので、意味は知っていました。
スタートの視聴率は低かったようですが、面白そうですね。
昭和19年、米子駅前から、人力車で叔父の家まで行ったのです。歩いても15分位の所でした。遠い昔のことですが、鮮明に覚えています。
2008年10月06日 08:44
人生ゆっくりさんおはようございます。
小学校の思い出、興味深く読ませていただきました。
子どものころって、大人には想像できないようなところで悩んだり一生懸命考えたりしていますよね。必死で考えたことが大人のひと言で却下されたりすると本当に傷つくというかがっかりしてしまうと思います。自分にも経験がありますし、教師になってから知らずのうちに大人目線になってしまっていて「…」とふと気づくこともありました。
そういうちょっと恥ずかしい思いや、少しだけ傷ついたりしながら、子どもは大人になっていくのかもしれません。
「だんだん」の双子さんは可愛いですね。これの前にやっていた「瞳」の視聴率の低さも云々されていましたが、視聴率だけでTVを評価するのはいかがなものかと思ってしまいます。
人生ゆっくり
2008年10月06日 11:52
loafer さん
方言は、地元の者が聞くと、どうしても違和感があります・・。無理に方言を使わなくてもいいのでは、と思いますが、今回はタイトルが方言ですからね・・。

薫の君 さん
中学校くらいまでの教師の存在は大きいと思います。熱血先生・・、文字通りの反面教師・・、色々と思い出します。小2の時、日記を書いていたのですが、いまだに覚えている先生のコメントがあります。
2008年10月09日 09:47
そうですね。小さい頃って、家族と学校が生活のほとんどすべてですから
親や先生の言葉って、すごく印象に残ってるんですよね。
友達を泣かしたこと、給食が食べられなくて5時間目が始まってもまだ食べさせられてたこと、習字の墨を制服にべったりつけてしまって親への言い訳に四苦八苦したこと・・・今回の記事を読んでいろいろ思い出しました。

それにしても、児童会選挙の説明もなく、ってのは先生、乱暴ですね。「なんだこれは」なんて、魚屋のお兄ちゃんにだって失礼だわ。
人生ゆっくり
2008年10月09日 17:17
そう言った先生は・・「男」でした、なので、今も、私は「女」先生のほうが好きです・・?

魚屋の兄ちゃん、長じて、村民文化祭の「のど自慢大会」で、裕次郎の「錆びたナイフ」を歌い、優勝されました、よかったよかった・・、覚えていますが、今の私よりも・・格段に、上手でした・・。

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