六連  -1630

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東京六大学合唱演奏会、通称「六連」は、合唱がお好きな方はご存じのことでしょう。ただ私は、就職後、東京近郊に住まいしていますが、そのコンサートには一度も行ったことがないです。

六大学野球と同じメンバーなのが面白いですが、この男声合唱フェスティバルは、今も綿々と続いているようで、それは素晴らしいです。

先月の演奏会は、第65回だったらしいですが、上の写真は第19回演奏会の実況録音盤のレコードカバーの写真です。随分と昔のものです。

このレコードは、就職して上京した後、ブラリと立ち寄ったデパート(小田急?)のレコード売り場で、タマタマ目にしました。サスガ「東京」では、こんなレコードも発売されているのだと、感心しつつ買いました。

この演奏会での明治大グリー演奏曲が「多田武彦作曲・蛙」だったことも購入理由の一つでした。
実はこの曲、前年の「関西六大学合唱演奏会」で、私たちが「初演」した曲でした。楽譜は出版されていませんでしたが、明大グリーとは毎年「交歓演奏会」をやってきた仲でしたので、次の年、取り上げてくれたようです。
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この時の「東京六連」での指揮者をみると・・、畑中良輔、福永陽一郎、外山浩爾、田中信昭、荒木宏明・・、こんな指揮者で歌えるとは・・、しみじみと東京の大学はスゴイと思いました。

関西でも、少数の大学グリーは、著名な指揮者を招いた活動をしていましたが、比較的、学費が安いということで集まってきた学生が多い大学でしたので、私たちの合唱団は、ずっと学生指揮者だけでやってきていました。勿論それなりの「負けん気」はありましたけどね・・。

最初のレコード写真をご覧になって、どんな感想を持たれましたか。それぞれの合唱団の人数が多いですよね、だいたいにおいて当時の大学男声合唱団には、このくらいの人数がいました。
私が入学・入団した直後はナント160名でした、ある意味「男声合唱」の最盛期だったかもしれません

しかし、当時は一方で、東大紛争に象徴される、大学の混乱時期で、各大学が大揺れしていた時代でした。各大学の男声合唱団は、それぞれ運営に苦労していたと思います、私も苦労しました。

何も変わらないのに、徐々に学内は落ち着いていきました。ただ大学の男声合唱団は、その後、衰退の道を辿ることになります。
その傾向は基本的に、現在まで続いています。「東京六連」で法大アリオンコールは人数が少なく、単独ステージがもてないそうです。早大グリーだけが唯一、多数の団員を維持しているとか。
「野郎だけで、大声を張り上げて何が楽しいの・・」、というムードが定着しきったのでしょうか。

でもですね、今、オジサン(というかオジイサン)合唱団で歌っているのですが、なんとも「楽しい」です。普通の生活で思い切り大声を出すことなんて、ないですよね。その声でキチンとハーモニーがハマったら・・正に「最高」の気分です。
ただ加齢とともに「フォルテッシモの声量」は出なくなりました、「若き日の大声」、これだけは昔に戻りたいです。

「蛙」初演時のステージ
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この記事へのコメント

ordori
2016年06月20日 17:05
「六連」懐かしいですね。関六はまだ存在しているのでしょうか?
OB合唱団は現役との合同メンバーで、プラハ(京都市と姉妹都市)での演奏会をやり遂げたとのこと。その行動力に敬意を払いたいと思います。
我々の時代では考えも及ばない。
十二月、京都での七十周年記念行事には参加します。今回は同期会という形にはならないと、思います。ですが
同期の参加見込みは、現在把握しているだけで10名。
最終的には15~6名にはなると思いますよ。
人生ゆっくり
2016年06月20日 17:25
関六、いろいろと、主義主張がある合唱団が多いので、難しいのでしょうね。
OB合唱団のプラハ演奏会は素晴らしいですけど・・、私は記念演奏会には参加しません。
15~6名の参加ですか、それは素晴らしいです。楽しさが容易に想像できます、トコトン楽しんでください。

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