三陸・奇跡の一本松  -1666

一か月前の三陸ツアーで、私が一番「思い出」に残った地は・・ここでした。
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「奇跡の一本松」、この松の再生作業は、住んでいる相模原の業者がやったようです。
それはそれとして・・、背後の建物は陸前高田ユースホステルの残骸です。
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当時の惨状を出来るだけ、とどめようとしているらしく、窓から布団などが垂れ下がっています。

実は、およそ50年近く前、私はこのユースに泊まったことがあるのです。記憶は少ないのですが、背後の圧倒的とも思える「高田松原」は、ハッキリと覚えています。
当時のYHハンドブックにも微かにその姿があります。建物の背後のどれかの一本が「奇跡松」だったのでしょう。右の高い松かもしれませんね。(拡大して見て下さい)
このハンドブックの料金・・、いい時代でしたね。
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もう少し何かの記憶があるとよかったのてすが残念です。
ハンコは波のイメージなのでしょうが、その地に「大津波」、何か印象的です。
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「奇跡の一本松」が残ったのは、このYHの建物があり、微妙に津波をかわした・・からとのこと。
一人、しみじみとした気持ちになりました。

左には大堤防、右には大止水堰、建設中ですが、さらに強大な津波が来るかもしれませんね。
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いろいろな思いがあったのだろうと思いますが、絶対に津波など来ない地で、生活を再建されたほうが、私はいいと思っていたのですが・・。

現在進行中の陸前高田「かさ上げ工事」は膨大な費用がかかっていることでしょう、しかし住めるのは「10年後」だそうです。どなたが帰って来られるのでしょうか。
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豊洲ではありませなが、こんな意思決定は、どこで、誰が、どのようなプロセスで決定したのでしょうか、国そして地方、それぞれの行政の壮大な「無策」を感じます。

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この記事へのコメント

アールグレイ
2016年10月25日 05:15
「青春の思い出」をずっとお持ちなんですね~
無策には、同感です。
PS
過日のコメントに余計な言葉が入りましたが、パソコンの調子がまだ少しおかしいのを考えずに送信してしまいました。スミマセン。
人生ゆっくり
2016年10月25日 07:57
記憶というのは面白いですね。
印象深い出来事を覚えているのは当然でしょうが、忘れてしまった「いい出来事」も沢山あるハズです。
「イヤな出来事」は結構ですが、そうでないものは、いつか蘇って欲しいです。

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