三陸・復興屋台村 -1670
三陸ツアー最終日の昼食は自由食で、添乗員から「できたら復興屋台村に行ってあげてください」とのことだったので、バス駐車場からは少し離れていましたが行きました。
入った店は、カウンターとテーブル少々の小さい店でしたが、食べた海鮮丼はボリュームたっぷりで、美味しかったです。
壁には有名人の色紙やら、記念の写真が沢山貼ってありました、支援で来てくれたのでしょう。こうした有名人に対し「売名行為だ}」などと言う人がいますが、「何もしない」よりは、絶対に「いいです」。
ここの女将は「港の女」という感じで、元気のいい女性でした。
この復興屋台村は来年の春、取り壊しになるそうです。
仮設住宅が当初2年が5年に延長されましたが、それに合わせた期間のようです。
島に帰って店を続けられるらしいですが、商売繁盛を祈るばかりです。
そういえば仮設住宅に住んでいる人たちも5年になるのでしょうが、その後どうなるのでしょうか・・。
気仙沼の港は表面上、再建できているように見えましたが、でも一皮めくると色々なことがあるのでしょうね。
三陸ツアー関連の記事は、今回で終わります。
いろいろな面で「厳しい」ツアーでしたが、これも経験、早く三陸に平穏が戻ってくることを願うばかりです。でも「居住は10年後・・」などという話を聞きますと、ついつい嘆息が出てしまいます。
ところで今日は、わが合唱団の演奏会当日です。サテどういうことになりますか・・。
入った店は、カウンターとテーブル少々の小さい店でしたが、食べた海鮮丼はボリュームたっぷりで、美味しかったです。
壁には有名人の色紙やら、記念の写真が沢山貼ってありました、支援で来てくれたのでしょう。こうした有名人に対し「売名行為だ}」などと言う人がいますが、「何もしない」よりは、絶対に「いいです」。
ここの女将は「港の女」という感じで、元気のいい女性でした。
この復興屋台村は来年の春、取り壊しになるそうです。
仮設住宅が当初2年が5年に延長されましたが、それに合わせた期間のようです。
島に帰って店を続けられるらしいですが、商売繁盛を祈るばかりです。
そういえば仮設住宅に住んでいる人たちも5年になるのでしょうが、その後どうなるのでしょうか・・。
気仙沼の港は表面上、再建できているように見えましたが、でも一皮めくると色々なことがあるのでしょうね。
三陸ツアー関連の記事は、今回で終わります。
いろいろな面で「厳しい」ツアーでしたが、これも経験、早く三陸に平穏が戻ってくることを願うばかりです。でも「居住は10年後・・」などという話を聞きますと、ついつい嘆息が出てしまいます。
ところで今日は、わが合唱団の演奏会当日です。サテどういうことになりますか・・。


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