九州新幹線 -1935

私が熊本で勤務していた頃、九州新幹線は「鹿児島~熊本県・八代」間が部分開通されているだけでした。だれがみても「異様な」区間での先行部分開通でした。

熊本駅を通らない部分開通について、地元では、「かっての細川護熙熊本知事が、ことあるごとに政府にたてついていたので、その腹いせ的な処置」だと言われ、多くの人が信じていました。

いくらなんでも、そんなことはないだろうと当時、思っていましたが、昨今の沖縄に対する国の「対応」をみると、今は「さもありなん」と思っています。

その頃、熊本では「九州新幹線の早期全線開通」のための運動が、様々に行われていました。

ある時、熊本駅前広場でイベントがありました。大好きな村下孝蔵が来るとのことで、退社後、途中下車しました。
村下孝蔵が歌った曲は、私のカラオケ定番曲です、目の前で聴く、哀愁ただよう歌声には満足でした、無料でしたしね。

柱に寄りかかっていた私に、地元テレビ局の女性アナウンサーが寄ってきて「インタビューを受けていただけますか・・」、こういうのは苦手ですので即座に断りました。

ただ、私が話したとすれば、こんなことを言ったのかもしれません。

「熊本から福岡に行くには現在は、特急でも2時間くらいかかります。新幹線が開通して福岡が断然近くなった時、福岡に遊びや買い物で行く人が増えるでしょう。そういうことになった時の準備が、熊本に出来ているでしょうか。
私には全くそうは思えないのです、福岡に飲み込まれてしまいませんか、大丈夫でしょうか」

建設促進のイベントですから「早期開通を期待しています、楽しみでワクワクします」というのが、「インタビュー」の模範回答でしょう。単純に、そうは言えない思いでしたので、私はインタビューを断りました。

今の熊本が「福岡なにものぞ・・」と、「元気」なのかどうかは知りません。
先ずは復旧復興ということでしょうか、ガンバレ熊本・・。

とはあれ今回、初めて九州新幹線に乗りました、楽しみでした。
バスは並行して、乗客ナシで熊本城に向かうそうです。二駅間とはいえツアーメンバーに、九州新幹線を体験させたかったというツアー会社の配慮だったのでしょうね、事実楽しかったです。
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鹿児島中央駅、昔は確か西鹿児島駅といっていた駅だと思います。
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昔、行ったことのある薩摩料理店の広告がありました、その時、聞き忘れましたが、鹿児島でナゼに「熊襲」なのでしょうね。「思い出ツアー」ですから、こういうのも楽しいです。トンコツやキビナゴなど美味しかったです、左下の「酒ずし」もなかなかいい味でした。
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新大阪行のようでしたが、全区間乗ったら少し疲れますかね・・。
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普通車でしたが、横4列席でユッタリ感がありました。
リニア開通後は、東海道新幹線も、このようにしてほしいと思います。
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もうすぐ熊本駅という地点で(この辺りの風景は分かります)、左窓の近くに3年間勤務した工場が見えました、アッという間に通り過ぎてしまいました。
私には白色壁の工場が、しっかりと見えました、瞬間でしたが懐かしかったです。

この記事へのコメント

2019年06月12日 09:34
「さくら」に乗ったことがあります。東海道新幹線と違って、普通席でも5列ではなく4列で、まるでグリーン車かと一瞬思ってしまいました。
新幹線も食堂車はないし、車内販売も減っているようですが、余りに効率ばかり追求されると、旅の楽しさがへります。
ヨーロッパの特急にはサロンカーもありました。
人生ゆっくり
2019年06月12日 10:28
確かに内装は立派でした。
在来線特急の一部には、「やりすぎ」と思えるような車両もあります、金をかければいい、ということではないと思いますが。
ordori
2019年06月12日 11:03
福岡の田舎に住んでいるのに、九州新幹線に乗車したことが有りません。車移動が日常なので。
熊襲は鹿児島・熊本を勢力拠点とし、宮崎(日向)を拠点とした天孫族と覇権争いに敗れて服し、熊襲の一部が
隼人と呼称されるようになった。という説も有るようです。
人生ゆっくり
2019年06月12日 15:46
熊襲というと、私には北海道のイメージだけでした。
なるほど・・。熊本にいた時、夜な夜な夜の街を徘徊し、休日は洗濯・掃除で、地元史など全く勉強しませんでした。恥ずかしい限りです。
それにしてもの、様々な知識には感服しております。

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