昔の男声合唱団の合宿 -2072

現在、私が所属しているシニア合唱団では、コロナにめげず練習が継続されています。練習が途切れたら、団としての再開が難しくなるのではないか・・という思いからのようです。
私にも、いろいろな思いがありますが、まだしばらくは隠忍自重で不参加を続けるつもりです。

はるか昔の思い出です。
私の大学時代は大学合唱団の全盛期で、100人を擁する合唱団が沢山ありました。ちなみに私のいた合唱団は、最大時160名を超えていました。
当時は、春と夏に一週間程度の強化合宿をやっていたと思います、でも100名を受け入れる合宿地を見つけるのは大変でした。
私のいた合唱団は、金銭的に苦労している学生が多い合唱団でしたから、時に劣悪な合宿地で実施せざるを得ませんでした。でも不思議ですね、そういう合宿地のほうが、今は「楽しい」思い出として残っています。

思い出すままに・・。
私が体験した最初の合宿は、当時のサンケイバレイ(現ビワコバレイ)でした、ここは山上のロッジ風の建物で、劣悪な環境ということはなかったです。
風呂が空いていたので入浴したら、「一回生が先に入るとは何事だ」と某先輩に怒られました。運動部ではあるまいし、怒るくらいなら事前にル―ルを話して欲しかったと思いました、どうせ混雑するのだから、空いていた時は、誰でも入ればいいのにと思いました。「世間の常識だ」といわれれば、それまでですけど。

その思いはズット残っていて、四回生時、その暗黙のルールの撤廃宣言をしました。

サンケイバレー、今は「ビワコテラス」などがあり観光スポットのようですが、合宿期間中、その地から琵琶湖を眺めた記憶は皆無です、一日中(夜も)食事時間以外は練習でした。いまから考えると、マァ異常でした、でも発声練習を十分にしたせいか、声が枯れることはありませんでした。
若かったこともあるでしょうね。

野沢温泉に行ったこともありますが、ここも記憶は薄いです。温泉に毎日入浴したことはよく覚えていますが、この時も「練習」だけの生活だったのでしょう。

西宮の幼稚園で合宿をしたこともあります。上から中をのぞける小さいトイレには緊張しました(笑)。
ただ選抜甲子園の時期で、毎昼食後、甲子園球場に走りました。外野席は無料なので、毎日、30分ほど観戦しました、なかなか楽しかったです。名電工の試合も見ましたが、まだイチローの先輩の頃でしたね。

夏の雪彦山YH合宿、姫路からかなり奥に入ったところですが、近くの夢前(ゆめさき)小学校の依頼をうけての体育館でのミニ演奏会を開催、楽しかったです。帰りのトラックにバイバイをしてくれ、私たちは荷台でも歌っていましたね。

四回生での最後の夏の合宿は信州の信濃平スキー場(当時は黒岩)でした。
この地は何の知己もありませんでしたが、部室にダイレクトメールの案内が来ました。当時、こんなことは殆どありませんでした、何かの名簿をもとにしたダイレクトメールだったのでしょうが、こういう手段を思いつく経営者に感心しました。

チーフマネージャーが「ここにしよう」と決め、私も異存はありませんでした。
練習会場は斜面を登ったスキー場の食堂、昼食は毎日、そこまでカレーなどを車で運んでくれました。汗ダラダラの練習、誠に思い出深いです。
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女性はいないので、肌着やら上半身裸で練習しました。今は女子マネージャーがいるそうです、隔世の感です。

最後の夜は、私が提案して「一人一本のビール」での懇親会としました。合宿でアルコールを飲んだのは初めてでしたが、これはグッドアイディアで大いに盛り上がりました。少し離れた部屋で愛唱歌を聴いていた民宿の家族も楽しそうでした。

ずっと後に知りましたが、その合宿地に、合唱団のための練習場が設置されたそうで、後輩たちもその後何年も、ここを夏合宿の地としたそうです。
私たちの合宿がキッカケになったようなので、何となく嬉しかったです。

これは小豆島合宿の時のスナップです、私も写っていますが皆、楽しそうな表情をしています。
当時はバリトンだけで、この人数でした。
IMG_6864.JPG
今のシニア合唱団での合宿も何度かありました、コロナが終息し、落ち着いた雰囲気での合宿をやりたいものです。

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この記事へのコメント

loafer
2020年11月27日 17:57
今日(27日)の東京の新規感染者は570名と過去最大になりました。
創立30年を超えたシニア男声合唱団の灯を消すまいと、一種義務感で練習に参加してきましたが、ここに至れば、12月から休団しようかとも考えています。
男の平均寿命81.4歳を過ぎたので、自分一人なら自己責任ですみますが、家族のケアもありますし、家庭内感染など引き起こしたくないのです。
合宿はあちこち何度も行きましたが、滝廉太郎が箱根八里を作曲したという箱根の旅館が良かったです。ピアノが何台もある練習場に加え、合宿料金で温泉を楽しめたのは良かったです。
人生ゆっくり
2020年11月28日 10:03
トラベルなんぞに浮かれての嵐山などの大混雑には、唖然というか慄然としてしました。
せめて私だけでも自重を続けたいと思います。
アールグレイ
2020年11月28日 14:26
思い出をきちんと文章に起こせる全県制覇の旅行や、心身ともにいい合唱を続けられ、どちらも大切な財産ですね。
北海道でも信じられないほど感染者が増え、今頃ブレーキをかけています。
人生ゆっくり
2020年11月28日 15:37
旅行と合唱という、二つの翼をもぎとられて、私は時空をさまよっています。
ウィルスは低温を好むと以前から言われていました。それが札幌に象徴的に出てきたということではないでしょうか。
いまだ「マスクをしましょう」としか言えない政府に殆ど絶望しています。
2020年11月29日 13:14
人生ゆっくりさんの 若かりしころの 思い出話
楽しく 拝見しました。
全員で 声を合わせて歌う事は 本当に 楽しいですね。
私も 大昔 職場の混声合唱団に 所属していました。
100人以上の団員がいたので 私のような音痴が一人 混ざっていても
大した支障もなく 楽しく歌っていましたよ。
早くコロナが終息して 思いっきり 歌える時が来るよう
願っています。


 
人生ゆっくり
2020年11月29日 15:58
そういえば職場合唱団も盛んでしたね。私の配属された事業所には合唱団がなく、その後、定年近くまで歌っていませんでした。
「コロナ」は収束傾向なら希望が持てますが、拡大していますから、本当に心配です。