三八豪雪 -2096

私の故郷は、中国山地の奥深い所で、時にかなりの雪が降りました。雪にまつわる思い出は沢山あります。
私が今、住んでいる当地の冬は、数回、雪がチラッと舞いましたが、積雪とまではいきませんでした、こういう年は珍しいと思います。
まだ2月ですから、安心はできませんけどね。
雪景色には情緒がありますが、積もった時の難儀を考えますと、無いならないほうがいいです。
鳥取県西部の米子市や境港市では、写真のような除雪作業が必要となることは殆どなかったと思います。
この山陰での「サンパチ豪雪」のことは、年輩の方だと殆どがご存知です。
↑ 上の写真は境港市のようですが、当時私は米子市に住んでいました。全ての交通機関が途絶する前代未聞の大雪でした。
その時、日野郡の最奥地の実家がどういう状況だったのか、一度も聞いたことがないと気づきました、誰にも聞いてなくて、とても残念に思っています。ものスゴイ積雪量だったことでしょう。
米子で下宿していた私は、徒歩で高校に通っていました。
この雪の時、道路に一筋の道しかなく、異次元の世界を歩いているように感じました。覚えていませんが、学校に行ったところで、殆どの生徒が来れるわけがなく、そのまま引き返したと思います。
もっと以前の田舎での豪雪の体験・・、屋根から下ろした雪が道路にうず高くなって、一階の屋根の高さに達しました。雪の階段を造って家に出入りした経験は、この時だけでした。
ブルドーザーもない時代でしたので、その状況は4月頃まで続いたのではないでしょうか。食べ物などは、どうしていたのでしょうね。暖房は「炭」の「コタツ」と「火鉢」だったと思います。調理は「薪」使用の「かまど」でした。「水」は井戸からのポンプによる汲み上げでした。
こういうふうに書いてきますと、そういうことを子や孫に、全く話したことがないのに気づきました。コロナが終わったら、そんなことも話してみたいと思いました。
最近は、温暖化のせいでしょうか、田舎のほうも、そんな雪が降ることはないようです。
でも今年の日本海側の地域には、かなりの雪が降っているようです。
温暖化を含めた、このあたりのメカニズム、どなたかが解明していただきたいものです。
この記事へのコメント
中学生の頃、4月10日に大雪が降り、校庭で「吉葉山」の雪像を作ったことを思いだします。
憧れますが まいにち 雪かきをしなくてはならないのは
イヤですね。
いい歳になっても チラチラ 雪が降るとなんだか
嬉しくなりますよ。
散歩道で 立派な煙突の立っているお宅があります。
外には 薪が山積みになっていて 、、なのに 一度も 煙が
上がっているのを見たことがな、、と思っていたら 先日
煙突から煙が上がっていました。長閑ないい風景でした。
雪像の題材が吉葉山というのが愉快です、なかなかハンサムな力士でしたね。
フラバーバさん
煙突はムードがありますが、手入れを怠りますと、臭いがしたりして近所迷惑ということも・・。
今年は人生で最も少なかった降雪量でしたが、昨日帳尻を合わせるように降りました。それでも例年ほどではないような・・・集中暖房は12月から3月まで入れっぱなしです。昔の石炭ストーブで、家も断熱材など使われていないころ、湯たんぽのお湯で顔を洗いました。適温でした。
私の小さい頃の台所は「かまど」でした、母が早起きして湯を沸かしてくれていたと思います。その湯で顔を洗っていました。思い出すと少し涙が出ます。
積雪量は14CM程度て゛大したことは無いのですが、毎日車で外出する為、
今年はチェーンを2回も巻きました。
この数年は、暖冬傾向で、年に1回巻くか巻かないか、でしたが、今年はちょっと慌てました。
平常、雪に慣れていないところに降雪があると大混乱します。熊本に住んでいた頃、何故にこの程度の雪で・・、と思いましたが、チェーンを持っていない人が多かったらしいです。