東日本大震災 -2099

2099号になりました。次号は2100号、私のブログでも「メモリアル」です。

東日本大震災は、10年が経っても忘れえぬ、未曾有の出来事でした。

当地は「震度5弱」でした。
故郷の家族(大半は故人ですが・・)は皆、大地震を経験していました、父は大昔の鳥取地震、姉と弟は阪神淡路地震、もう一人の姉と母は鳥取県西部地震、それぞれに大変な経験をしたようです。

私も初めて東日本大震災で、その恐さを体験しました。あの時は、取り敢えず玄関に取り込んでいた植木鉢を押さえに行きました、その頃かなり弱っていた愛犬も、おぼつかない足で、後をついてきてくれました。

スグに停電になりました。まだ明るかったので、どういうことはありませんでしたが、ラジオを聴いても様子がよく分かりませんでした。
「今、津波が押し寄せています」というのですが、テレビの画像と同一放送らしくて、ラジオだけ聞いていると、全く臨場感がありませんでした。

夜、取り敢えず就寝し、早朝テレビのスイッチを入れました。
驚愕しました、三陸海岸の町が壊滅している、・・加えての原発のトラブル。

原発事故は、最悪で私の住んでいる地域までの東日本一帯に影響があるかもしれないとの報道もありました。
そうなったら、ジタバタしても仕方ないな、と思いましたが、こんなことがあっていいのだろうかと信じられませんでした。

地震発生の夜は、都内の交通網が途絶し、会社員たちはどうしたのだろうと思いました。私はリタイアしてかなり経っていたのですが、心配でした。
勤務していた会社の物置に数十年間保存の缶詰や水、(充電していれば)使える蓄電池などを置いていたのですが、活用できたのかな・・と思いました。

後年、三陸のツアーに参加した時は台風でした。こんな波が押し寄せたのでしょう。
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この時、震災遺構も見学しました。
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若い頃に泊まった陸前高田YH、涙が出そうになりました。奇跡の一本松の傍で保存されています。
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三陸は厳しい環境なのですね。
ツアー初日の台風の翌日、市内はこんな雰囲気でした。
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こういう時の皆さんの努力は、感激モノです。
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↑陸前高田の震災遺構です、今どうなっているか知りません。
陸前高田の一本松、これからも皆さんに勇気を与えることでしょう。
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テレビで特集番組が放映されています。初めて知る事実などもあります。
忘れないことは大事なことですね。

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この記事へのコメント

アールグレイ
2021年03月13日 07:38
お早うございます。直視できないです・・・私が住む地域では停電はなく、今まで見たことのないたとえようがない映像に、ぽつりぽつりとしか言葉が出ませんでした。語彙不足から、映画のシーンみたいなと思っていました。岩手の内陸側?に姪一家が住んでいたため、20歳上の兄に代わり連絡を取り、食品を気持ちだけ送りました。孫たちに伝えたいと、新聞を1週間分と朝日グラフを残してあります。
loafer
2021年03月13日 13:20
私が経験した地震では、一番大きかったです。
住宅地の人が一斉に道路に飛び出しました。
まだ電線が揺れていました。
誰も出てこないお宅に行って、ピンポンし、安否を尋ねました。
計画停電の除外地になっていたので、停電はまぬかれました。

白河の社宅に長男一家が住んでいたのですが、電話が通じませんでした。
夜になってPHSから嫁さんの携帯につながり、無事は確認できたのですが、水道管がやられてしまい、生活できなくなりました。
鉄道は止まっていたので、長男が車を運転して、一家5人がわが家へくることになりましたが、待てど暮らせど着きません。
翌朝6時半に、なんとJAFのトラックの上に乗用車が載っていて、一家5人が乗っていました。
乗用車の運転手側の扉が無いのです。
高速道路閉鎖されていたので、下の道を走ってきて、練馬で居眠りで衝突したようです。偶然JAFのトラックが通り、乗せてもらったとのこと。
幸い誰もケガはしていませんでした。
家族を降ろし、JAFのトラックでトヨタのディーラーにもっていき、修理を依頼しました。
中古部品が手に入り、2,3日で修理完了。長男はひとり車で白河に帰っていきました。
家族は集合住宅の水道修理が完了するまで、2週間ほどわが家に逗留しました。
地震は本当に怖いです。
2021年03月13日 15:28
東日本大震災直後に見た 津波で家が流される映像は
まるで映画を見ているような感覚でしたが
時を置いて 改めて 見みると 多くの方がこの 渦の中に
飲み込まれたのだな~と胸が痛み ジッと 見ていられないです。
今後 南海トラフ地震の発生確率は 30年以内に 70~80%
だそうです。阪神淡路大震災も 大した被害もなく過ぎたのだから
どうか今後 私が死ぬまでは何も 起こらないで下さいと 祈っています。

人生ゆっくり
2021年03月13日 16:39
アールグレイさん
全く予想できなかった光景でしたね。これから「南海トラフ」云々では必ず地震が起こるそうです。必ずある大地震に遭遇した時の対処を、考えておくしかないですね。
私も翌日の新聞は残していますが、ナルホド一週間くらいは残しておくべきでした。

loaferさん
ご子息は福島県に住まれていましたね。当時のご心配はいかばかりだったのかと推察します。しかもJAF事件もあったのですね、ともあれ無事であったのが幸いです。
私の近くにはダムがあるのですが、そういった地域では地震の際、大きな被害はない、と聞いていますが・・本当でしょうか。

フラバーバさん
テレビに映る津波映像には「人々が流される映像」は絶対に出てきません。「そんな映像を出すのはしのびない」ということでしょうが、実際には泣き叫び「助けを求める人々」の映像は沢山あったのでしょう。
そんなシーンを高台から見つめていた人たちの心を思うと、粛然とした気持ちになります。