故郷⑩ 「クローム鉱山」  -244-

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鉱山シリーズ第二弾です第一弾「金鉱山」-193-】・・、さりながらアトはなく、これが最終回です。

この写真は、実家の押入れにあったものです、何故こういう写真があるのかよく分かりませんが・・。いつの頃でしょうね、随分と昔なのは分かりますが、地元に二つあった鉱山のひとつの、若松鉱山の採石場だそうです。

私の故郷は、鳥取県の南西部の山間地(標高450m)です。どんな雰囲気のところかは、ご興味がありましたら過去の記事をご覧ください。
「故郷①実家」  「故郷⑥道後山」  「故郷⑧船通山」

最寄り駅は、伯備線の生山(しょうやま)という駅ですが、ここから私の住んでいた村までは、当時から、山間地には珍しい、どこでもトラックがすれ違える広い道が通じており、かなり頻繁にトラックが走っていました。

実家の前もその道路だったのですが、砂利道で、トラックが通る度に、砂埃が舞い、時には小石を跳ね飛ばし、ガラスが割れたというようなこともありました。

この地には「クローム鉱石」を産出する二つの鉱山があり、その一つが、上の若松鉱山でした。

もう一つの広瀬鉱山には、理科の勉強かなにかで、坑道の奥まで入れてもらったことがあります。鉱石は、トロッコや簡易ロープウェイのようなもので下に下ろしているようでした。
思い出すと、選別をはじめとして、人の手でやっていることが多く、先日ご紹介した「金鉱山」とは雲泥の差の鉱山でした。

クローム鉱石は、蛇紋岩の黒々とした、とても重い石でした。鉱山の閉山が近づく頃、この石を磨き上げて、飾り物にすることが流行っていました。

ここのクローム鉱石は、製鉄所の溶鉱炉の内側に積み上げられる「耐火」レンガの材料になるということでした。社会の教科書の「日本の鉱山」なんていう地図に、この地もマーキングされていました。

生山駅までの搬送には、若松鉱山は「日通」のトラックを使い、広瀬鉱山は「国鉄」のトラックを使っていました、子供心に、二つを競わせているのだろうなと思いました。

鉱石を掘りつくしてしまったのか、外国産に太刀打ちできなくなったのか、ずっと以前に廃坑となりました。

当時は、旅館が三軒もあり、料理屋もあったりして、それなりの賑わいがありました、今は典型的な過疎の町になっています。

でもこの町は、合併しない宣言をして、なかなか元気にやっているようです。

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