悔しい年末  -1793

私の今年は、このことに尽きると思います。

弟の死は、いまだに現実のこととは思えません。

あまりに突然の出来事だったのですが、三か月間、病院での療養生活に濃密に向き合うことが出来たのは、これまでそういう経験がありませんでしたので、ある意味よかったと思っています。
結局、一語を話すこともなく「別れ」となりました、「無力」ということを、まざまざと実感いたしました。

自他ともに認める「頑健な男」でした。
姉に聞くと、北アルプスの双六岳が一番好きな山だったそうです。私は、てっきり槍ヶ岳だと思っていたのですが・・。死んだら双六岳のどこかに、骨のかけらを埋めてくれ、と言っていたそうです。私に体力があれば、望みをかなえてやりたいのですが、残念です。

北アルプスを登ったという話は何度も聞きました。
涸沢カールの素晴らしさも・・。
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私は、とても登山など自信がないので、一緒に行くことはなかったのですが、一度だけ息子を山行に誘ってくれました。松本で合流した後、上高地経由で蝶ヶ岳に連れて行ってくれたようです。
ゲームしか興味がないと思っていた息子が、オウム返しに「行く」と言ったので驚きました、貴重な経験となったことでしょう。
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その時の写真にも、槍ヶ岳や穂高がキレイに写っています。
弟のことを、改めて思い出しています、冥福を祈るしかないですね。

皆さまにとりまして、そして私にも、来たる年が「いい年」になりますよう、祈念したいと思います。
一年間ありがとうございました。

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