深川街歩き -1821
2週間ほど休載しました、実は鳥取県で独り住まいしていた姉が急死してしまったのです。
昨年は弟も突然に死んでしまいました。
何故、私の周りばかり・・と、嘆きたくもなります。慌ただしく手続きなどを行っているうちに、少しばかり落ち着きました。
まだブログ記事を書く気持ちにはなりませんが、少し前に作成していたものがありましたので、それを載せることといたします。
会社時代の異業種交流会のOB会が、今も続いているのは、珍しいと思います。
最近断捨離にチャレンジしていますが、次々に懐かしいものが出てきて、それをながめていると、さっぱり進捗しません。
30年前に参加していた、この会の名簿が出てきました。これをみると、どうも私は5年くらい、この会に参加していたようです。
いつの頃だったでしょうか、OB会をやるので参加しないか、というお誘いをいただいて、以降、参加させていただいています、幹事役をやっていただいている方には「感謝感謝」です。
メンバーの中に、東京の歴史や史跡などに造詣の深い方がおられ、最近は懇親会の前に「街歩き」をすることが多く、楽しみが倍増しました。
私は昨年、いろいろなことがあり一年ぶりの参加でしたが、本当に楽しかったです。
今回の街歩きは「深川」でした。大好きな鬼平や赤穂義士の舞台です、興味津々の場所ですが、実際のところ、あまりよくは知らない地でした。
清澄白河駅で待ち合わせて、霊巖寺へ。
ここの見ものは、「松平定信の墓」と「六地蔵」、江戸6ヵ所に建立されたものの一つだそうです。六地蔵というのは、6体の地蔵が並んだものだと思っていましたが、こういう形もあるのですね。
次は「江東区立深川江戸資料館」、ここには江戸の街並みが再現されていて、当時の庶民の生活をうかがうことができます。
フラッシュを使わなくても、こんな写真が撮れます、逆にフラッシュを使っての「いい写真」は難しいです。
資料館の前に、深川めし屋がありました、次に来たときは食べたいです。
清澄公園
「磯渡り」と名づけられているところ。
かって紀伊国屋文左衛門の屋敷跡ではなかったかともいわれているそうです。明治に入り岩崎弥太郎が一帯を購入して整備したとのこと。
庭園内には、各種の銘石・巨石が沢山配置されていますが、三菱が自社の汽船で全国から運んできたものだそうです。
「さぎ」もいました。
無料開放の公園も隣接していて、緑の少ないこの界隈のオアシスになっているようです。
「シャガ」が、こんなに密生している場所を初めて見ました。
名残の桜
こんな案内板がありました。
吉良邸跡は近いです、赤穂義士が、この辺りを歩いていた頃は、上杉の追手の心配があり、ドキドキでの行進だったはずです。
以前から、吉良邸跡から泉岳寺まで歩こうと思っているのですが、未だに・・反省・・。
松尾芭蕉です、記念館にも立ち寄りました。
隅田川の遊覧船も、大きな船があるのですね。
私たちも、船の人も、手を振り合いましたが、「この行動の意味は」なんなのでしょうね、やはり「別れの合図」なのでしょうか。「見えた途端に手を振るのは」は「こんにちは」というところでしょうか・・。
最後は、深川神明宮
歩いた範囲が狭かったので、それほどの疲れはありませんでしたが、ビールを飲みたい一心で、地下鉄を乗り継いで有楽町の会場へ。
この酒、以前にもこのブログで紹介したことがありますが、今年の新酒は、いちだんと美味しかったです。
宴たけなわでしたが、少し遠いので早退させていただきました、ともかく「楽しい会」です。
馬刺しも久しぶりに賞味しました、美味しかったです。
昨年は弟も突然に死んでしまいました。
何故、私の周りばかり・・と、嘆きたくもなります。慌ただしく手続きなどを行っているうちに、少しばかり落ち着きました。
まだブログ記事を書く気持ちにはなりませんが、少し前に作成していたものがありましたので、それを載せることといたします。
会社時代の異業種交流会のOB会が、今も続いているのは、珍しいと思います。
最近断捨離にチャレンジしていますが、次々に懐かしいものが出てきて、それをながめていると、さっぱり進捗しません。
30年前に参加していた、この会の名簿が出てきました。これをみると、どうも私は5年くらい、この会に参加していたようです。
いつの頃だったでしょうか、OB会をやるので参加しないか、というお誘いをいただいて、以降、参加させていただいています、幹事役をやっていただいている方には「感謝感謝」です。
メンバーの中に、東京の歴史や史跡などに造詣の深い方がおられ、最近は懇親会の前に「街歩き」をすることが多く、楽しみが倍増しました。
私は昨年、いろいろなことがあり一年ぶりの参加でしたが、本当に楽しかったです。
今回の街歩きは「深川」でした。大好きな鬼平や赤穂義士の舞台です、興味津々の場所ですが、実際のところ、あまりよくは知らない地でした。
清澄白河駅で待ち合わせて、霊巖寺へ。
ここの見ものは、「松平定信の墓」と「六地蔵」、江戸6ヵ所に建立されたものの一つだそうです。六地蔵というのは、6体の地蔵が並んだものだと思っていましたが、こういう形もあるのですね。
次は「江東区立深川江戸資料館」、ここには江戸の街並みが再現されていて、当時の庶民の生活をうかがうことができます。
フラッシュを使わなくても、こんな写真が撮れます、逆にフラッシュを使っての「いい写真」は難しいです。
資料館の前に、深川めし屋がありました、次に来たときは食べたいです。
清澄公園
「磯渡り」と名づけられているところ。
かって紀伊国屋文左衛門の屋敷跡ではなかったかともいわれているそうです。明治に入り岩崎弥太郎が一帯を購入して整備したとのこと。
庭園内には、各種の銘石・巨石が沢山配置されていますが、三菱が自社の汽船で全国から運んできたものだそうです。
「さぎ」もいました。
無料開放の公園も隣接していて、緑の少ないこの界隈のオアシスになっているようです。
「シャガ」が、こんなに密生している場所を初めて見ました。
名残の桜
こんな案内板がありました。
吉良邸跡は近いです、赤穂義士が、この辺りを歩いていた頃は、上杉の追手の心配があり、ドキドキでの行進だったはずです。
以前から、吉良邸跡から泉岳寺まで歩こうと思っているのですが、未だに・・反省・・。
松尾芭蕉です、記念館にも立ち寄りました。
隅田川の遊覧船も、大きな船があるのですね。
私たちも、船の人も、手を振り合いましたが、「この行動の意味は」なんなのでしょうね、やはり「別れの合図」なのでしょうか。「見えた途端に手を振るのは」は「こんにちは」というところでしょうか・・。
最後は、深川神明宮
歩いた範囲が狭かったので、それほどの疲れはありませんでしたが、ビールを飲みたい一心で、地下鉄を乗り継いで有楽町の会場へ。
この酒、以前にもこのブログで紹介したことがありますが、今年の新酒は、いちだんと美味しかったです。
宴たけなわでしたが、少し遠いので早退させていただきました、ともかく「楽しい会」です。
馬刺しも久しぶりに賞味しました、美味しかったです。
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