雲仙地獄 -1939

雲仙地獄は、学生の頃以来の二回目でした。こういうところだったのか・・、覚えているところもあり、そうでないところが大半・・、中途半端な思い出が浮かびつつ消えつつでした。

宿泊した旅館から直接「雲仙地獄」に行けました。
赤のラインが今回、歩いたルートです。
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雲仙地獄はスゴイですよね。
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日本の「地獄」の雰囲気がある場所で、私が行ったことがあるのは、こんなところです。
「硫黄山」「阿寒湖」「登別」「恐山」「那須」「箱根・大涌谷」「別府」そして「雲仙」、思ってたよりも少ない感じです。
でも雲仙地獄の印象はダントツで、生半可な風景ではありませんでした。
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正直「コワイ」思いがします。
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50年前は、雲仙ユースホステルに宿泊しましたが、同行3人で地獄めぐりに出かけようと思った時、2人の女性連れから、一緒に行っていいですか、と尋ねられました。もちろん否応はなく・・。
性格の良さそうな女性でしたので、今から考えれば・・。
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それなりに楽しく会話したと思いますが、「後日譚」は何もありません。
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真知子岩というのですから「君の名は」の彼の君も、ここに来られたのでしょうね。
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ここの雲仙地獄には、キリシタン棄教のための拷問に使われた歴史があるそうです。私の大好きな津和野では明治に入った後も、拷問・処刑が行われていたと聞きました。
ここ雲仙では、どうだったのでしょうか・・。
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こんな歴史上の地を目にすると、これからも記憶を残していきたいなと思いました。
これからも日本各地を観光した時、時々そういう思いに、フトとらわれることがあるのでしょうね。

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