桃田ガンバレ -1992

バドミントンの桃田がマレーシアの大会で優勝した翌日、交通事故に遭ったニュースには驚愕しました。
全ての競技の中でも、東京五輪金メダル候補のナンバーワンですからね。
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彼は前回のリオ五輪時も金メダル最有力候補でしたが、くだらない賭博に参加したとかで謹慎となりました。それに誘ったのは「T」でした。
「T」は、お母さんが有名なバドミントン選手で、昔、私が日本リーグにかかわっていた時、40歳代でも選手として出場されていました。体育館でチョロチョロと走り回っていたのを思い出します。

その後、日本チャンピオンになって、そんな選手に育ったのかと、部外者ながら嬉しく思っていました、ところがです。
こんな記事が手元に残っています。
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こんな新聞記事を残していたのは、その時、私も悔しかったのだろうと思います。

その頃以来、Tにそれなりの「苦悩」があったのは、何となく分かりますが、賭博などに桃田を誘っては絶対にいけなかったです。Tも不祥事発覚後、後悔の涙を流していましたが、桃田の気持ちを考えれば同情するところは・・ないです。

桃田は、一年間の謹慎を経ての大活躍、見事というしかありません。隠忍自重・・そのものです。
なのに・・なのに・・、今回の交通事故、「おお神よ」とも思ってしまいます。何とか「東京五輪までに回復して欲しい」と願うばかりです。

当時、私が参画していた企業チームは、別のチームとなりました、言ってしまいましょうね熊本の「再春館製薬所」です。
移る前のナンバーワンペアは(スエマエ)は、私は直接的には知らないですが、日本一になりました。ヨネックスオープンに行った時、二人のサインが書いてあるプログラムを、当時の監督がプレゼントしてくれました。
画像d31スエマエ1.jpg
蛇足)
バドミントンのシャトルは水鳥の羽で高価です、プラスティクかなにかで代用できぬかと、馬刺しをつまみつつ監督と雑談していました、「それはムリ・・」とのことで、受け入れられませんでした。
ちなみに若かった監督はタテガミ(の根元の白い部分)が好きで、私もその後‥好きになりました。

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