旅「津和野」⑥ 二人の偉人  -288-

こんな山あいの小さい町に、この二人の偉人・・、こういうところはあまりないと思いますよ。
しかも、それぞれの生家が、今も残っているなんて・・。
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森鴎外、いくつかの本を読むと、多少変ったところもある人のようですが、日本を代表する大文豪であり、軍医としての地位をきわめた人だったことは、間違いありません。

鴎外が11歳までを過ごしたという、この生家・・。
最初にここを訪れた時のことはよく覚えています・・。

入場料を払い、入った目の前にスタンプ台がありました、押そうとすると、そこにいたお婆さん、一回、何十円とのこと・・、それは、当時それほど安い金額ではなかったですよ。
あこぎな商売をやっているものだ、と思いました。この件だけは、その時の津和野での、唯一残念な思い出として残っています。

でも最近、こんなことだったかもしれないな、と思ったりしています。

そこの場所の管理や清掃を、そのお婆さんに委託していたのではないか、その対価の一つとしてスタンプ代徴収の権利を与えられていた・・、どこかの駅の有料トイレの発想ですね・・、だとしたら・・。
私にとってのイヤな思い出ですが・・、ンンーン悩ましい疑問です。

この生家の川を挟んで向こう側に、西周(にしあまね)の生家があります。写真は私が写したものです。
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この人は21歳まで、津和野で暮らしたそうです。鴎外に比べて知名度は落ちますが、明治を走り抜けた偉人の一人です。
この人、知っているようでよく知らない人です、その業績の一つに、外国語に対応する「日本語」をつくった、ということがあります。
「哲学」「芸術」「科学」「理性」「意識」「総合」等々・・「無」からこんな言葉を思いつくものでしょうか、素晴らしいです、天才です。

鴎外の家も医者ですが、西周も医者の生まれとか・・、「勝ち組」が、累々、相続していくのは、昔も今も同じ・・ということなのでしょうか。

それにしてもです・・、この小さい町に生まれて、それぞれ、よくぞ・・と思います。生家は、現在の基準からすれば、かなり質素な家です。

私の田舎も、銀座の某文房具店や、何とかクレパスの創業者の出身地だそうです、また松本清張氏も、何か関係があるとか・・。
どこの地でもそれなりの話はあります、でも、その町の本当の素晴らしさは、そういうこととは、関係ないですね・・。

この記事へのコメント

2007年09月28日 10:34
山肌に 包まれた 静かで
落ち着いた町 津和野 懐かしい
です 主人の車に乗って よく
行きました 主人の 取材が済むまで
一人で町を ぶらぶら、、、 
橋の上から鯉を眺めたり 
おみやげ物やさんをひやかしたり 
鴎外の 生家にもいきました
(源氏巻)美味しかったぁ
ふた昔も 前になります。
人生ゆっくり
2007年09月28日 12:14
津和野での「最高の過ごし方」ですね。一度ツアーで、数時間だけ滞在したことがありますが、あれでは、津和野に行ったことになりませんね。
そういえば「源氏巻」もありました・・。
2007年09月28日 18:47
萩には昔行ったことがあるのですが、津和野はまだです。良いところのようですね。
今週鳥取県に行き、懐かしさと旅行の味を再認識したので、今度は島根県にでもいくことにしましょう。
人生ゆっくり
2007年09月29日 04:58
米子に近い、松江や足立美術館、クルマがないと不便ですが奥出雲にも見所が・・。
石見銀山も、世界遺産になりましたし・・。

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