相州小田原城  -872-

小田原歴史ツアー、第二弾の「小田原城」です。
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昔、神奈川県にも「お城」は沢山あったのでしょうが、天守閣の威容が今あるのは、この城だけかも・・。
何度もの地震、城主の交代、明治になってからの売却・・、この城も。なかなか厳しい歴史をくぐってきたみたいです。

明治までたどりついた諸城の物語は、いろいろとありますが、この城も・・ということなのでしょうね。
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現在の小田原城の建物は、全て再建されたものです、これは常盤木門ですが、年月を経て、なかなかの風格です。
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この近くに、巨大な松があります、推定400年とか・・。
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城内には、イヌマキの巨木もあります。
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少しずつ、城郭が復元されています。銅門(あかがねもん)です。向こうに天主閣の上部が見えています。
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櫓の内側、城内の侍が、イザという時、防御しながら走り回るエリアだそうです。
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門の上から、石などを落とすところ。
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これは、私は、全く知りませんでしたが・・。
ガイドさんの説明によると、この城の本丸は、徳川将軍だけが入れるエリアだったとか・・。城主は二の丸御殿に住んでいたらしいです、なので「葵の御紋」が瓦にも・・。
城主は歴代「譜代大名」です。
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西国の大名が参勤交代のおりに、多くがこの小田原を通過することから、徳川の威を示すというようなことも意図されたのでは・・ということでした。

石垣山一夜城から、見下ろす城は、こちら側のようです。
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城内で、昔の雰囲気が一番残っている場所だそうですけど・・。
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郷土文化館で、なかなか興味深かった「マイワイ」です。
大漁が続いた時などに、網元などが関係者を集めて祝うことを「万祝(まいわい)」といい、その祝儀として染められたものだそうです。
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「鉄壁の守り」という言葉がありますが、この「小田原攻め」の布陣は、どうみても「鉄壁の攻撃」です。
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この日、二の丸跡の広場では「丼まつり」なるものが開催されていて、多くの人が集まっていました。全国各地からの出店もありました。
最近、こういった催しが多いですね。

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この記事へのコメント

ぴあの
2010年10月16日 13:23
お城って好きです。
千鳥破風と唐破風が見えますけど 何となく現代的な感じがするような・・・。
全くの復元なのですか?
人生ゆっくり
2010年10月16日 23:29
小田原城の今ある建物は、全て復元されたものだそうです。天守閣もコンクリート造りです。
明治になり、誰かが購入し、解体されたのでしょう・・、歴史の「あわれ」を感じます。

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