餘部鉄橋  -1126

今回の旅の「補遺」の記事をいくつか加えたいと思います。

昔、山陰線で餘部(あまるべ)鉄橋を何度も通りました。急行に乗ると、この鉄橋を渡る手前で、車掌のアナウンスがあり、少しスピードをおとして通過してくれたと思います。
晴れた日などは、はるか下の日本海がとてもキレイでした。
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ずっと後に、強風にあおられて、列車が転落したというニュースを聞いた時は、本当に驚きました。
今回、初めて下から見上げました。
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近年、鉄橋からコンクリート橋に建て替えられましたが、鉄橋の一部は観光用として残されているようです。(右側がそれです)
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鉄橋の一部は東京のJR鉄道総合研究所に運ばれ、野外に置いてあるそうです。経年変化が貴重な研究対象になっているとのこと。「ブラタモリ」で紹介されていました。

以前テレビの映像で見た鉄橋の上からの風景、日本海は晴れてさえいれば、本当に美しいです。
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こんな新聞記事もありました、よくぞこんな新聞を残していたものです。
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以前「餘部鉄橋」について書いた記事 → 旅「餘部鉄橋-177-」 〔クリック〕

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この記事へのコメント

2012年05月18日 18:39
余部鉄橋を列車で通ったことは3度ありますが、遠い昔でした。
風で列車が転落したニュースは覚えています。
昨今は米子へ行くには飛行機か、新幹線岡山から伯備線で行くのが便利になってしまったので、もう余部鉄橋を見る機会はないでしょうが、ノスタルジアを感じます。
一福島人
2012年05月18日 22:57
今回の山陰旅シリーズは旅情を満喫させられ旅の良さを大いに堪能させて頂きました。
若い時の各駅停車での全国貧乏旅行を思い出しましたが寅さん心境で無目的に何処かへ旅に出たくなりました。
人生ゆっくり
2012年05月20日 00:16
loafer さん
私が米子に飛行機で行ったのは、父危篤の際にYS-11に乗った一回きりです。
田舎は山間部で、伯備線で帰るほうが圧倒的に便利で、愛着が今もあります。

一福島人 さん
「無目的の旅」は、なかなか難しいですが、若い頃は「宿泊地の予定なし」の旅が大好きでした。
YH利用の貧乏旅行も、それなりに楽しいこともありました。「旅」の新鮮な感動は、若い時の特権なのかもしれませんね。

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