居酒屋でのツーショット -2177

まだ新年になって間もなくで、まだ正月の酒も残っています、こんなフワフワした話題も、一つくらい、いいかとも・・。 会社現役時代の写真です。ホンノリ頬を染めている純真無垢な、かっての私です。左のギャル店員の名前は・・忘れてしまいましたが、短い会話でも機転が利いていて楽しく、本当に「いい娘」でした。 この居酒屋の何人かいたフロアメンバーは…
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埼玉での勤務 -2176

「切手趣味週間」の記念切手は、今も発行されているのかは知りません・・。かって「月と雁」とか「見返り美人」が、高額の販売価格になっていました、ブームだったとはいえ、今から考えると異常でしたね。 何かした時、思い出すのは埼玉勤務時代のことです。県北の地に設立されたこの会社は、将来この地域の中核を担う会社になることを期待されていて、周囲の方…
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滝廉太郎三題 -2175

①まずは、ここで何回か書いた「岡城」です。「荒城の月」の作詞者は土井晩翠、仙台の人ですから、青葉城をイメージした詞でしょう。 この切手には高い石垣があります。青葉城にも石垣がありますが、間違いなく滝廉太郎と岡城をイメージした切手でしょう。大分県の豊後竹田には滝廉太郎の生家が残っていますし、近くにあるのが岡城跡です。 岡城跡には2回ほ…
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あけまして おめでとうございます -2174

少し遅くなりましたが、新年あけましておめでとうございます。 毎年、新しい年は律儀に必ずやってきます。そして毎年思う気持ちです。旧年に倍する明るい一年になるといいなと、心から願います。 上の画像は「無料使用可のデザイン」です、年賀状にも使わせていただきました。それぞれに「めでたい」図柄の集まりで、何となく気に入りました。ともかく今年も…
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年末 -2173

間もなく今年も終わりです。一年間のご愛読、本当にありがとうございました。 昨年から引き続く「新型コロナ」には全世界が悩まされました。折角のオリンピックもスッキリしない形で通り過ぎてしまいました。周囲に感染した方が出なくて、これは安堵しました。 私的には、うんと少なくなっていた「飲み会」がコロナ後は全くできず、これはストレスが溜まりま…
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阿久悠 -2172

作曲家の筒美京平に引き続いての作詞家阿久悠の死は、今年のニュースの中でもショッキングな出来事のひとつでした。いい時代のいい曲を「作詞」「作曲」された方たちが、次々と逝去されます。私も、そういう年代になったのだと、つくづく思ってしまいます。阿久悠が作詞した中での、好きな曲の読者ランキングなのでしょう。ちなみに私はこれらの曲も、歌詞カードが…
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中国のコケシとか‥ -2171

これはコケシではないですね、土人形というところでしょうか。古の人物像で可愛らしく、沢山の種類の人形がありましたので、もう少し買っておけばよかったと今は思っています。 かなり以前の中国旅行での上海のデパートでした、当時はよく言われていたように、店員は「おしゃべりに夢中」でお客様には全く関心がありませんでした。でも今から考えると「うるさい…
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カラオケ歌集 -2170

↑これ、ある銀行の昔のノベルティーです、少し驚きますよね。 昔の異業種交流会のメンバーに、その会社の社員手帳をいただいたことがあります。驚いたことに巻末は、カラオケの歌詞集でした、社長が大のカラオケ人間とのこと。なかなか楽しいですが、歌うことが苦手な社員は、どういう会社生活を過ごされたのでしょうか。 上のカラオケ歌集です。埼玉勤務時…
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ニセイカウシュッペ -2169

この山は私にとって思い出深い山です。 会社に入って数年後の春の連休、休暇をいただいての初の北海道でした、本当に訪れたかった地でした。飛行機に乗ったのも初めてで、この北海道旅行がどう展開するか、正に「期待でドキドキ」の旅でした。 思い出は沢山ありますが、黒岳山頂からのニセイカウシュッペ山の姿は、実に荘厳でした。5月でしたが真っ白でした…
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日本三百名山 -2168

屋久島をスタートして、三年半にわたった「日本三百名山」を踏破したテレビ番組が大団円を迎えました。全てを歩き、海峡はカヌーを使うという壮大な旅でした。 当初、二年で終了する計画だったらしいですが、悪天候やケガ、そししてコロナなどで、このように長期間の番組になってしまったようです。番組は、過去に「百名山」「二百名山」とあり、このほど「三百…
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屋形船 -2167

屋形船は、開放感があってステキな空間だと思います。私が屋形船に乗ったのは、多分三回です。 初回は地元相模原出発の日帰りバスツアーでした。天気が不安定で、「東京湾大華火大会」が実施できるか、あるいは出航できるか未定とのことで不安でした。結果的には無事に見事な花火をみることができました。 二回目は東京・田町界隈の会社の集まりの特別例会で…
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えりも岬の緑 -2166

12月、師走になりました。この月も駆け抜けていき、あっという間に正月になることでしょうね。オミクロン株は、ちょっと心配です。 少し前、再放送されていた「プロジェクトX」に「えりも岬」が登場しました。知りませんでした・・、えりも岬での緑の再生に、こんなにも尽力された人がいたなんて・・。その頃の「えりも岬」は砂漠のような状況だったそうです…
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評議原のモミジ -2165

↑ 評議原の全景です。ご覧のように比較的狭い区域ですが、木が大きく育っており、様々な色の葉が重なり、なかなか見事な風景をつくっています。昨日(11/26)です、もう少しは「見ごろ」でしょう。 ここに来たのは4年ぶりくらいでしょうか。2年続いた親族の不幸や、コロラなどで動き回れず、訪ねることができませんでした。 足腰が弱っているのを感…
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花馬 -2164

可愛い馬ですね。これはコケシでも人形でもなく、どう呼んだらいいのかと思っていましたが、「郷土玩具」と表現するのがいいと気づきました。 「花馬」のシールが貼ってあります、カラフルな郷土玩具です。どこのものかと思っていましたが、今回この写真を丁寧にみましたら、「木曽妻籠」の朱印がありました。妻籠で買ったのですね、全く覚えていません。妻籠は…
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乗鞍のキーホルダー -2163

乗鞍岳は、私が登った唯一の3000mの山です。もっとも駐車場が高い所にありますので、頂上までの高低差はどれほどのものだったでしょうか。でも経験したことがありませんでしたので、厳しい山登りでした。 その時、こんなにも苦しいのは何故かと思いましたが、要するに空気が薄かったのですね。カッパエビセンの袋が、パンパンに膨れ上がっていました。 …
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若い頃の「旅の愛唱歌」 -2162

かなり前の新聞記事ですが、新聞に1960年代/1970年代の「旅の愛唱歌」のアンケート結果が載っていました。 私が青春真っ只中だった頃の「いい時代の」&「いい曲」ばかりです。私は当時から「旅好き」でしたので、歌詞カードがあれば全曲を完璧に歌うことができます。それぞれ懐かしく思い出深いです。 「いい日旅立ち」国鉄のキャンペーンソングで…
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エンジェル雲 -2161

時には、こんな写真も、いいですね。太陽の上の雲がステキです。夜明け前の早朝に愛犬と散歩していたのは、随分昔のことになりました。沢山のステキな風景を共に見ることができました。その時の愛犬と味わった光景を思い出しますと、私の年齢で新たに犬を飼うのはムリなのが実に残念です・・。「愛犬」なんといい言葉でしょう。 どういう気象条件が重なると、こ…
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キーホルダーのシリーズ -2160

並行するシリーズとして「キーホルダー」を題材にした記事を始めようと思います。これは新選組、何となく可愛いいので好きです。この大河ドラマはずっと以前のことでしたが、新選組の誕生地は、私の住んでいる隣の東京都・日野・多摩地区でした。大河ドラマの地になりますと、「観光」で大変なことになります。その頃、市(当時は「町」)の市民講座を受講していて…
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コケシ -2159

今日は文化の日、毎年「いい天気」になりますね。 「コケシ」シリーズを断続的に続けています。そもそも「コケシ」なるものの定義が分かっていないのですが・・。今回↑は正統派のコケシと言っていいでしょう。見る方が見られれば、東北のどこで製作されたものか、多分お分かりになることでしょう。 一番右のものは「~岩にしみいる~」という句が書いてあり…
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所得倍増 -2158

明日は衆院選の投票日、皆さん投票に行きましょうね。投票しなければ、何もかわりません。 昔、池田首相が、10年後くらいに所得を2倍にする政策をとると言われて、子供心にも私は信じられませんでした。若し実現したら、それは素晴らしいことだとは思いましたが。その後の日本経済が、どのようになったのか覚えていませんし、その施策が現在、どのように評価…
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